ものす【物す】〔自サ変〕〔他サ変〕〔補動サ変〕

   [1345] ものす【物す】〔自サ変〕〔他サ変〕〔補動サ変〕

〈A〉 ものす【物す】
《具体的な対象を意図的にぼかした婉曲表現で、脈絡次第で様々な意を表わす。『蜻蛉日記』や『源氏物語』では多用され、『枕草子』や『大鏡』には数例あるのみ、という事実からも知れる通り、省略的記述による含蓄効果を狙った文物にこそ似つかわしい表現。》
〔自サ変〕 {せ・し・す・する・すれ・せよ}
  (1) 〈「存在」の意を表わす。〉 居る。在る。   (2) 〈「往来」の意を表わす。〉 行く。来る。往来する。   (3) 〈「生死」のいずれかの意味を表わす。〉 生まれる。死ぬ。   
〔他サ変〕 {せ・し・す・する・すれ・せよ}
  (1) 〈その動作をする意を表わす。〉 ・・・(を)する。   
〔補動サ変〕 {せ・し・す・する・すれ・せよ}
  (1) 〈(活用語の連用形に付いて)その動作をする意を表す。(尊敬の補助動詞「ふ」を伴う「ものしふ」は、補助動詞「あり」の尊敬表現として用いられる)〉 ・・・(して)いる。・・・(で)いらっしゃる。
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ぼかして【ものす】るその心理
 直接的に事を運びたがらぬ古典時代の貴人意識が反映された表現の一つがこの「ものす」。最も忌避されるべき不吉な「死ぬ」の代用語として用いられるのはもとより、大量の出血を伴い、しばしば母体/新生児の死の場面に直結した「生まる(読み方は、うまる/むまる)」も「ものす」とボカすので、現代の受験生としてはこれらの語義を「死の穢れ/血の穢れ」に絡める形で理知的に把握しておかねば、無用な棒暗記による脳細胞の過重労働を招くばかりである。
 意外なところでは、「行く」・「来(く)」なる日常的動作に関してまで「ものす」が幅を利かせていることにも要注意である。古典時代人がわざわざ自ら他者のもとへ「行」ったり他者に「来」てもらったりする場面には、「恋愛目的の密会」も多かったので、そのあたりをはばかっての「ものし」方かもしれない。
 「あり・をり・はべり・いまそかり」という(古典動詞唯一のイ段終止で表わされる)「存在」の意味にも「ものす」が用いられたが、これは「あり」が「・・・した状態で存在している」という補助動詞の意味で用いられていた言語学的事情と無関係ではないだろう。貴人の動作について「ものしたまふ」とする例は古文に頻出するが、「自ら直接何かを"なす"」のを好ましからざる行動様態とみなした古典時代だけに、「なしたまふ」・「したまふ」の婉曲語としての「ものしたまふ」にはそれなり以上の効用があったものと思われる。

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コメント (1件)

  1. the teacher
    ・・・当講座に「man-to-man指導」はありませんが、「コメント欄」を通しての質疑応答ができます(サンプル版ではコメントは無効です)

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