▲ | ▼ [288] 【しかすが】が【さすが】に化けて【流石】
「古文単語千五百Mastering Weapon」 No.735【流石・遉】
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「古文単語千五百Mastering Weapon」 No.735【流石・遉】
現代では「さすがはカタホくん、考えることが違うわ!」などとして「期待通り、見事にやってくれた!」の讃辞を表わし、どういうわけか「流石」なるヘンテコ当て字まで宛がわれているのが「さすが」だが、この語の源流は「然すがに」であり、その読み方は中古では「さすがに」だが、上代には「しかすがに」であった。
「鹿+酢+蟹」などと書けば野趣溢れる古代の宴席料理みたいだが、真面目な語源学的組成は「然(そういう)+す(在り)+が(処=場所)+に(地点)」で、「そういう所に身を置いている」である。従って元来は順接:「そういう次第でありますから(such being the case)」であったこの表現が、やがて逆接:「そういう状態ではあるものの(be that as it may)」に転じ、中古にはその読みも「しか→さ」に変化して「さすがに=そうは言ってもやっぱり・・・だ」となったものである。
やがて、「何のかんの言っても、やっぱり***、大したもんだねぇ」(例:一頃の勢いはないとはいえ、’さすが’は日本人、ゴールデンウィークの海外での散財ぶりはまぁ見事だねぇ)という「全般的には否定的な陳述の中で、それにもめげずに光る肯定的な何か」を持ち上げる言い回しとしての「さすが」が派生的に(鎌倉期あたりに)生じたが、その非本源的語義こそ今や主流の「流石」とは、さすがは日本語、時代の流れの中でゴロゴロ横滑りを繰り返すその飽くなき石、もとい、意志には(毎度のことながら)「いょっ、流石(ナガレイシッ)!」の賛嘆(or惨憺)の囃し声を禁じ得ぬものがあるではないか。
「鹿+酢+蟹」などと書けば野趣溢れる古代の宴席料理みたいだが、真面目な語源学的組成は「然(そういう)+す(在り)+が(処=場所)+に(地点)」で、「そういう所に身を置いている」である。従って元来は順接:「そういう次第でありますから(such being the case)」であったこの表現が、やがて逆接:「そういう状態ではあるものの(be that as it may)」に転じ、中古にはその読みも「しか→さ」に変化して「さすがに=そうは言ってもやっぱり・・・だ」となったものである。
やがて、「何のかんの言っても、やっぱり***、大したもんだねぇ」(例:一頃の勢いはないとはいえ、’さすが’は日本人、ゴールデンウィークの海外での散財ぶりはまぁ見事だねぇ)という「全般的には否定的な陳述の中で、それにもめげずに光る肯定的な何か」を持ち上げる言い回しとしての「さすが」が派生的に(鎌倉期あたりに)生じたが、その非本源的語義こそ今や主流の「流石」とは、さすがは日本語、時代の流れの中でゴロゴロ横滑りを繰り返すその飽くなき石、もとい、意志には(毎度のことながら)「いょっ、流石(ナガレイシッ)!」の賛嘆(or惨憺)の囃し声を禁じ得ぬものがあるではないか。
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