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♪現代語訳全文音読♪
[1]『夢にねぶる娘 | 夢見て育つ少女の話』
[2] 今となっては昔語りだが、かつて日本国に、物語をこの上なく愛好する娘がいた。
[3]年齢こそ兄より下だったが、頭の回転が速く勘が良い点ではいくらもひけをとらず、ほんとうにちっちゃくてかわいらしかった頃から、一緒になって習字や(仏教・儒教・文学等の知識の)学習を競いながら行なってきたのだけれども、男子に交じって軽い冗談のつもりでしてみた漢詩作りの風情が、他の人が気後れするほど立派な出来映えという状況に至っては、兄がすねてしまうだろうから兄妹ともどもの学習などかえって逆効果だろうと両親が相談して、一緒に学ぶこともさせられなくなってしまった。
[4] 娘は、残念に思うのだけれども、「もうそろそろ大人になろうという成長期の女の子がこのように男子と一緒に学習しているのは(別解釈:男子が勉強している場に「おじゃまします」と言ってやって来るなんてことは)聞いたことがありません(別解釈:筋違いなことです)」と親がおっしゃっるので、「それはそうね」とは一応思ったものの、それでもやはり、退屈に持て余す時間の気晴らしをどうしたらよいだろうかと屈託を抱えている。
[5]ところが、お兄様の友達のうら若き貴族の御子弟達が、ちょくちょく書物を持ってやって来ては、各自がいま学習中の事柄を語り伝え、議論をすることなどが度重なって、以前にもまして交際は盛んになり、娘はますます賢くなってゆく。
[6] 男子たちは、この娘の、昔からかわいらしくて将来美人になりそうな容貌を慕って、学習を口実にこれまでは訪問してきたわけだったが、こうしてその学才が更に一層優秀になり、ただでさえ強かった書物を愛好する生来の性質がますます大変なことになってしまったので、成長するにつれていよいよ美しくなってゆく彼女の表情に気後れするのはもちろんのこと、なまじっか物語にかこつけて参上しては賢そうに振る舞うのも無意味なことだろう、と思わず躊躇してしまい、娘のもとを訪れる機会もだんだんに減ってゆく。
[7]幼な馴染みの同年代の少女達とふざけていても、年端も行かぬ身に似ぬ大人びた色気がほのかに感じられて自然と別格に感じられるし、ひざまずけば小振りなのに立ち上がればお母様(背が低いわけでもない)と既にもう肩を並べるほどの背丈であるなど、実に年齢不詳・正体不明の神秘的な感じがして、かぐや姫もこんな感じでいらっしゃったのかなぁと感じられるほどの様子なので、少年達の足が遠のいたのも当然のことであったろう。
[8] 両親も気がかりな思いがして、「目もくらむほど立派な才覚も、度を超してしまっては、親しみにくく、気味悪がられるものですよ」と教え諭すのだが、「どうしてそうおっしゃるのでしょう。
[9]学識をひけらかして非難されたり、他人の未熟なことを軽蔑したりといったことは、私には心当たりのないことです。
[10]本を読んで胸がわくわくする気持ちを、無類の喜びとしているだけなのです」と受け答えするのも道理が通っているので一概に咎めるわけにもいかないのだが、そうは言ってもさすがにまずいので、「もしもあなたに親孝行しようという心があるならば、将来は立派な人と結婚して、必ずや一族を繁栄させてもらうようにしてくださいよ。
[11]折角そうして端正に整った顔立ちだというのに、ぐずぐずと物思いにふけっている間に、若々しい魅力が色褪せてしまう、なんてもったいないことは、してはいけませんよ」と言い残す。
[12] 娘は、誰かと結婚することになるであろう我が身の将来のことなど、これまでほとんど滅多に考えたことはなかったのに、親がこのようにおっしゃるのを聞いて、「それはそうかもしれないわ」とはっと気付いたのであった。
[13]こうして、自分を妻とするであろう人はどのような様子をしているのだろうかと、黒目がちな目元に陰りの色を漂わせつつ、朝も夕も常に想像して、落ち着かない様子で思い悩む娘の有り様は、いよいよもってみずみずしい美しさなので、求婚して来る男達の訪問も、にわかに頻繁になってしまった。
[14] しかしこの娘の場合、幼少の頃から、歌・物語を通じて慣れ親しんできたのは、優雅なること比類なき風流な男性ばかりであって、現実の人間達などというものはひどく見劣りする感じなので、思いを巡らす将来の理想の男性は、夢の中以外にはいらっしゃらないのではないかしら、と悲観的になってしまっている。
[15] こうして、娘は、求婚し続けている男性達を忌避して全く会わず、一人ぼっちで物思いにふける場面が増えてゆく。
[16]「どうしてこんなにも求婚者に背を向けようとするのでしょうねえ。
[17]心に思い続けているお方がいるのでしょうか?」と親が心配しているのが、なんのかんの言ってもやはり気の毒で心苦しかったので、物思いの原因をどなたか愛しい男性のせいであるとしてこじつけてしまうつもりで詠んだ歌が、
[18]  現にも あらで愛しき(哀しき) 君がため 並べて人には 会はで(婚はで/泡で)然りなむ  
『狂おしいまでに愛しい御方のために、その他諸々の人には会わずにこのまま、ということに、私はなりそうです(・・・と言いつつ本心は・・・)どんなに恋い焦がれても物語の世界の中の貴方には会えないのが、哀しくて・・・この世のものとも思われぬほど素晴らしい貴方と比べると、現実世界の通り一遍の人々なんて・・・あぁ、私はやはり、現実世界の普通の人達には会わず、結婚もせず、水の泡の如く儚い夢の中の貴方に憧れ続ける頼りなげな今のような状態で、ずっと過ごしているということになるのでしょうね。』

[19] 我が愛しの男性以外の人(別解釈:それほどでもない凡庸な男の人)は、決して訪問させないでください(別解釈:私への訪問・質問は決して許さぬつもりです)。
[20] 両親は、その「狂おしいほど愛おしい」相手が誰なのか知りたいと思ったけれども、強引に追及したりするのも意地悪なことだろうと思ったのだろうか、あるいは結婚させるにはまだ娘は若すぎると思ったからであろうか、そのままにしておくわけにはいかない事柄ではあったが、本当にいとしい人がいるのだろうと思って、「あなたの考える通りになさい」とだけ言い残して、取り立ててどうするわけでもなく、何事もなく終わる。
[21]狂おしいほどに、現実離れしているほどに恋しく思う、とかいう相手が本当に存在するならば、そう簡単に秘密を保ち続けられる筈もないのだから、すぐにも自然と露見してしまうに違いない。
[22]しかし、現実世界の中にはいない人ともなれば、さあどうだろうか、いつになったら出現することであるか(現われる筈もないであろう)。
[23]娘が思いに沈む様子はさらに一層かよわく頼りなげなので、かえってまた世間に評判が立ち、言い寄って来る男もすぐにはいなくならないことに希望をつないで、やはり依然として夢のような理想の相手をずっと思い続けて日々を過ごしていた、ということである。
[24]  有るまじき 夢の浮き橋 有りなむは 夜(世)にも有らずは 愛しからまし   
『ある筈もない夢の中に架かる橋も、きっとある。夢物語への橋を渡るなんてとんでもないと咎める人もいるけど、夢想体験はあったほうがきっとよい。夢の中にさえ理想郷がないのは、悲しいこと。現実離れしているほどに、夢は愛しいもの。』




















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